わろてんか原作は吉本興業創始者・吉本せいのサクセスストーリー


ひよっこの次のNHKの連続ドラマは「わろてんか」
ですね。

今回はひよっことは違い、
原作にモデルがあるストーリーです。

主役の藤岡てんのモデルになっているのは
吉本興業の創始者の吉本せいさんです。
(↑写真の方です。)

朝ドラ「わろてんか」では
藤岡てんという役名で葵わかなさんが演じます。

nhk.or.jp

今となっては
お笑いの事務所と言ったら「よしもと」とか「吉本興業」
ってみんな気軽に呼んでいるけれど、

この吉本せいさんが作った会社だったのです。

今日は吉本せいさんがどんな人物だったのか
注目していきたいと思います。

スポンサーリンク


吉本せいさんの経歴

氏名:吉本せい

本名:吉本勢
出身:兵庫県明石市出身

1889年12月5日-1950年3月14日
60年の生涯でした。

ひよっこの舞台が1964年辺りですが、
それよりも75年前の時代に生まれていますね。

吉本せいさんのご実家は米穀商。
この家の三女として生まれました。

1907年12月ごろ
大阪上町橋の
荒物問屋「箸吉(はしよし)」の息子
吉本吉兵衛(通称:吉本泰三)と同棲。

1910年4月
20歳の時に、正式に結婚しました。

1912年
夫婦で「第二文芸館」を始めます。
この時のお店は飲食店やお土産屋が立ち並ぶ8軒(天満八軒)の
お店の中の1つの寄席として誕生しました。

1913年
吉本興業部(後の吉本興業)設立。

1932年
吉本興業合名会社設立

1948年
社名を「吉本興業株式会社」に改組。

会長に就任。

1950年
3月14日死去。

この時代に女社長として大活躍した
吉本せいさんって本当にすごい人ですね。

ところで、吉本さんは何故、
この商売を始めたのでしょうか?

&nbs

吉本せいが寄席を始めた理由

吉本せいさんは「女今太閤」「女小林一三」と呼ばれ、
この業界では本当に敏腕社長であったことが
伺い知れます。

吉本せいさんが寄席を始めたきっかけは
夫が仕事をしない道楽者であったことから始まりました(笑)

夫は荒物問屋の跡継ぎでした。

荒物問屋というのは
ほうきやちりとり
調理道具からマッチやろうそくと

日用品をなんでも卸す商売でした。

夫は全く仕事が身に入らず、
業績が傾いてしまっていました。

夫・吉兵衛は大好きな
剣舞(伝統的な踊りの一種)
のことばかり考えていました。

ここで吉本せいさんは
夫が好きな事を商売にすれば
仕事を一生懸命やるかもしれない!!
というアイディアが沸いたのです。

nikkatsu.com

実家に資金を借りて、
天満天神の裏に「第二文芸館」という演芸場を
開業しました。

スポンサーリンク

色気も使ってビジネスの交渉に挑む吉本せい

当時の興行業界といえば、
極道と共存共栄で商売をすることが
当たり前の業界でした。

こわいですねぇ。

それでもビジネスを続けたところがすごい。

夫は交渉ごとがあるたびに
妻のせいさんに
「女の色気を使って、少しでも安くしてもろてこい」
といって、交渉をさせました。

ひどい夫ですね。。。
おまえが自分で何とかしろよ!!
って感じですが(笑)

しかし当時の吉本せいさんは
結構お綺麗であったので、
色仕掛けの作戦はなかなか上手くいったのでした。

家族写真

その後、大正13年、
夫の吉兵衛は他界してしまいます。

せいさん34歳の時でした。

2人の間にはお子さんも生まれますが、
頴石さんが24歳で他界。
他のお子さんも早く亡くされています。

他の家族が相次いで他界したことで、
ビジネスに没頭していったのかもしれません。

夫が亡くなってからは、とともに
ビジネスを続ける吉本せいさん。

兄弟だから、
弟さんもきっとビジネスのセンスが
かなりあったことでしょう。

見てください。林正之助さんの写真です。
この仕事が出来そうな顔といったら。。。(笑)

寄席を成功させた方法とは

弟と共に寄席を続けた吉本せいさん。

寄席を成功させた方法は、
木戸銭(入場料)を通常の3分の1に
値下げしたことでした。

大阪の人は、
値下げ、安い・が大好きな
土地柄ですから、上手くマッチしたのですね。

安さを売りにして、
寄席のチェーン展開を始めます。

昭和7年、吉本興業合名株式会社設立。
吉本せいさんは社長に就任。

その時の寄席のチェーン店はすでに
47店舗。

大阪だけでなく
京都・東京・横浜にも進出していました。

せいの弟、林正之助は、
落語中心であった出し物を
漫才中心に転換していきました。

当時は、背広姿で漫才をする
横山エンタツ・花菱アチャコの漫才は
大人気でした。

吉本せいは【強い女】というイメージが一人歩き・・・・

吉本せいは、大阪の象徴である
通天閣を買収し「女今太閤」と呼ばれました。

男っぽい性格の人なんだろうなぁという
イメージが全く抜けなかったわけですが、
実際はそうでもなく、

人の能力や気持ちを上手く見抜き、
動かす能力に長けた方でした。

弟の正之助が芸人をしかると、
せいがなだめる。

こんなこともしばしばでした。

60歳の生涯を閉じるときまで、
吉本興業の社長として君臨し続けた
吉本せいさんの人間的な魅力には
興味が絶えないです。

その時代であれば、普通は男である
弟が社長をしたりするものですよね。

でも、吉本せいさんが
トップに立って尽力していなければ
今の吉本興業の繁栄も無いですし、

今日のエンターテイメント業界での
漫才の地位も無いわけです。

吉本せいさんのサクセスストーリーを題材に
山崎豊子さんは「花のれん」という小説
書いていらっしゃいますし、

映画や舞台にもなっている
魅力ある人物です。

今回のNHKの「わろてんか」では、
明治から昭和初期の時代を
強いリーダーシップを発揮し、

お笑いというエンターテイメントを
日本中に根付かせた

吉本せいさんの魅力に
スポットライトが当たることが楽しみです。

スポンサーリンク